アニメ ウマ娘プリティーダービー 史実馬解説【チームカノープス編】

トレンド

こんにちは、フライドエッグののっちです。

アプリゲームでも人気の「ウマ娘 プリティーダービー」。
単なる“美少女化アニメ”とは違う、競馬ファンをも熱くさせる本作品の魅力とは一体どんなものなのでしょうか?

今回は、アニメ「ウマ娘プリティーダービー」に登場するチームカノープスのメンバーを紹介します。
史実を知れば、アニメもアプリもきっと楽しくなりますのでご覧ください。

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チームカノープスとは

ウマ娘たちが通う、ウマ娘養成学校のトレセン学園には各種チームがあり、担当トレーナーごとに教育方針が違います。
その中でもチームカノープスは、アニメ2期の物語序盤は脇役で色物感の強いチームとなっていますが、物語が進むに連れて主人公の「トウカイテイオー」などとの絡みも増え、物語では重要なポジションにまで成長していきます。

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チームメンバー紹介

チームカノープスには、ナイスネイチャ、ツインターボ、イクノディクタス、マチカネタンホイザが所属します。

ナイスネイチャ

©Cygames, Inc.
生年月日1988年4月16日
通算成績41戦7勝[7-6-8-20]
獲得賞金6億1,918万円
ナイスダンサー
ウラカワミユキ
主な勝鞍’91 京都新聞杯(G2)
’91 鳴尾記念(G2)
’94 高松宮杯(G2)

生い立ち

・父はカナダで重賞6勝を挙げたナイスダンサー。
・幼駒の頃はこれといった特徴がない平均的な馬で、育成牧場でも特に目立つことはなかった。
・管理調教師は早くから「いい馬」という印象を抱き、成長するにつれて「いい方向に変わってきた」と感じていた。

「ブロンズコレクター」と言われた競走馬

・デビュー戦は僅差の2着に終わるも、次走では1番人気に応えて初勝利。
・年明け2走目の「若駒ステークス」でトウカイテイオーとの初対戦は3着に敗れ、骨膜炎も発症し休養に入り、クラシック競走の皐月賞と日本ダービーを断念。
・夏競馬で復帰し、初戦を2着で終わるもその後G3・G2勝利も含め4連勝。
・夏の上がり馬として「菊花賞(G1)」では2番人気に支持されるも直線で伸びきれず4着に敗れる。
・年末には「有馬記念(G1)」に出走し3着(1回目)に終わる。
・年明けに持病の骨膜炎が悪化、長期休養に入る。
・「天皇賞・秋(G1)」に向け、「毎日王冠(G2)」で復帰し3着、本番の天皇賞・秋では4着に敗れる。
・その後、「有馬記念(G1)」3着(2回目)を含む重賞で2着2回、3着4回と善戦するも勝ちきれない競馬が続く。
・翌秋の「天皇賞・秋(G1)」「ジャパンカップ(G1)」では15着、7着と初の大敗を喫するも、「有馬記念(G1)」では3着(3回目)と好走、「怪挙」や「異業」などと言われる。
・翌夏の「高松宮杯(G2)」では、前年のダービー馬・ウイニングチケットや、宝塚記念2着のアイルトンシンボリを抑え2年7ヶ月ぶりの勝利、このレースがナイスネイチャにとって最後の勝利となる。

小ネタ

・競走馬として人気が高く、ファンレターや千羽鶴などが次々と送られ、馬房には12束の千羽鶴が飾られていた。
・バースデードネーション(誕生日の寄付)で2017年に19万8千円、2018年に67万円、2019年に108万円、2020年に176万円、2021年に3582万9370円が寄付され、引退馬が余生を過ごすための支援金として使用された。
・現役当時、明石家さんまさんがナイスネイチャの大ファンと公言していた。
・長寿の馬としても知られるが、母のウラカワミユキも36歳という、正確に記録が残る限りにおけるサラブレッド牝馬の日本最長寿記録を持つ。

代表レース

1990年 菊花賞

トウカイテイオーが怪我で見送った三冠最後のレース。
最終直線で見せ場を作るも4着に破れました。

ツインターボ

©Cygames, Inc.
生年月日1988年4月13日
通算成績33戦6勝[6-2-0-25]
獲得賞金1億8,398万円
ライラリッジ
レーシングジイーン
主な勝鞍’91 ラジオたんぱ賞(G3)
’93 七夕賞(G3)
’93 産經賞オールカマー(G3)

生い立ち

・幼駒のころから強い身体のバネを持っていたが、食が細く非常に小柄な馬だった。
・普段はおとなしい馬だったが、人が跨ると徹底的に反抗し、調教に手間取る。
・デビューに向けての必修審査であるゲート試験も4ヶ月を要し、デビューも4歳(現3歳)まで遅れた。

「最後の個性派」と言われた競走馬

・デビュー戦、2戦目と逃げ切って連勝、「日本ダービー(G1)」のトライアルレースでは直線半ばで失速、9着に敗れる。
・「ラジオたんぱ賞(G3)」で逃げ切り重賞初勝利、調教師の笹倉師にとっても初めてのサラブレッド系重賞勝利だった。
・その後「セントライト記念(G2」「福島記念(G3)」を2着と好走し、年末の「有馬記念(G1)」に出走するも14着と大敗を喫する。
・さらに競走後には鼻出血が判明し、翌年には体調を崩して長期休養を余儀なくされる。
・しばらく勝利から遠ざかるも、「七夕賞(G3)」で2年ぶりの勝利するが、このレースは前半1000mを57秒4というハイペースでの大逃げだった。
・続く「産經賞オールカマー(G2)」では、ライスシャワー(G12勝馬)など一線級を相手にもスタートから先頭を奪い、向正面では2番手に10馬身と大逃げ、さらに続く後続集団にも10馬身以上と大逃げの形になるが、100m59秒5と比較的早い程度のペースでの逃げ切り勝利。
・これが中央競馬での最後の勝利となった。
・2年後、地方競馬に転厩して1勝利するが、その後1年勝利から見放され引退、9歳までの長い現役生活だった。

小ネタ

・逃げ切り圧勝か、失速して惨敗かの極端なレースぶりから「玉砕型」と呼ばれる逃げ馬の象徴的存在となり、2004年に行われた「個性派ホースベスト10」という企画で、逃げ馬部門でサイレンススズカに次ぐ2位となる。
・競走時には、観客の頬は「いつ止まる?」と緩み、失速時には馬券を買った人も買わなかった人も声を出して笑い「悲壮感なき玉砕」と言われる。
・1994年「有馬記念(G1)」では、大逃げを打つも最終4コーナーで後続に捕まり「ツインターボの先頭はここで終わり!」と実況される。
・レース後半に失速して笑いを取ることから、ベテラン芸人のようだということで「師匠」と呼ばれた。
・馬群に揉まれるとやる気をなくし、末脚にキレもないことから逃げ馬となり、そのスタイルを最大限に活かすために快速馬が揃うマイル以下の短距離でも、スタミナが厳しくなる2400m以上の長距離でもない2000m前後の中距離を主戦場とした。

代表レース

1994年 有馬記念

「ツインターボの先頭はここで終わり!」で有名なレース。

イクノディクタス

©Cygames, Inc.
生年月日1987年4月16日
通算成績51戦9勝[9-8-5-29]
獲得賞金5億2,660万円
ディクタス
ダイナランディング
主な勝鞍’91 京阪杯(G3)
’92 金鯱賞(G3)
’92 小倉記念(G3)
’92 産經杯オールカマー(G3)

生い立ち

・3歳(現2歳)時に屈腱炎を発症、デビューどころか安楽死処分も検討される。
・「骨折以外の足の故障は装蹄で治せる」という持論を持つ装蹄師の福永氏に一時預けられ、故障が完治してデビュー可能になる。

「鉄の女」と言われた競走馬

・デビューから2連勝を挙げるも、その後勝利から見放される。
・翌年の「桜花賞(G1)」「優駿牝馬(オークス・G1)」に出走するが惨敗。
・秋の「サファイヤS(G3)」3着、「関西TVローズS(G2)」2着、「エリザベス女王杯(G1)」4着と好走するが、この年は勝ち星を挙げることはできなかった。
・翌年3戦目の「コーラルS(OP)」で連敗を14でストップ、1年7ヶ月ぶりの勝利を挙げる。
・「京阪杯(G3)」で勝利し重賞初制覇するが、その後勝ちきれないものの好走を続け、翌年「エメラルドS(OP)」で1年ぶりの勝利。
・「金鯱賞(G3)」「小倉記念(G3)」「産經賞オールカマー(G3)」を勝利し、「毎日王冠(G2)」も2着と秋のG1戦線に期待されるがG1競走4連敗。
・翌年「天皇賞・春(G1)」3200mで9着から「安田記念(G1)」1600mのローテーションで2着に入り、当時の歴代賞金女王の座に着いた。
・続く「宝塚記念(G1)」も2着に入り、初の賞金5億円獲得牝馬となった。
・次の「テレビ愛知OP(OP)」で勝利するもその後勝ち星を挙げられず、この年を最後に引退となった。

小ネタ

・中央競馬で51戦のレースに出走し、引退まで故障せずに走り続けたことから、当時イギリスのサッチャー首相になぞらえ「鉄の女」と呼ばれた。
・全9勝の内8勝が5月から9月の夏場に勝ったことから「夏女」という異名もあった。

代表レース

1993年 安田記念

天皇賞・春(3200m・G1)から安田記念(1600m・G1)のローテーションで、14番人気からの2着で馬連68,970円の高配当を演出したレース。

マチカネタンホイザ

©Cygames, Inc.
生年月日1989年5月7日
通算成績32戦8勝[8-2-2-20]
獲得賞金5億720万円
ノーザンテースト
クリプシー
主な勝鞍’93 目黒記念(G2)
’94 AJCC(G2)
’95 高松宮杯(G2)

生い立ち

・父は日本競馬の血統を大きく塗り替えた、日本競馬史上屈指の大種牡馬ノーザンテースト。
・母父にはデビューから6連勝し、最優秀3歳牡馬に選出され、種牡馬としては史上2頭目の内国産リーディングサイアーとなったアローエクスプレスがいる良血馬。
・流星がぐねぐね曲がっていることから、担当厩務員さんに「ハナモゲラ」「モゲ」と呼ばれる。

「病気のデパート」と言われた競走馬

・デビュー戦でレコードタイムで勝利し、2戦目4着を挟み「府中3歳S(OP)」を勝利し「朝日杯3歳S(G1)」ではミホノブルボンの4着に終わる。
・その後、勝てないレースが続くがクラシック最終戦の「菊花賞(G1)」では三冠を阻止したライスシャワー、阻止されたミホノブルボンに続く3着と好走。
・翌年古馬2戦目の「ダイヤモンドS(G3)」ではレコードタイムで重賞初勝利を挙げる。
・続く「目黒記念(G2)」ではライスシャワーに2馬身半差をつけて重賞2勝目を挙げる。
・その後、重賞では結果は残せないがオープン戦では勝ち星を重ねこの年4勝を記録する。
・年明け初戦の「AJCC(G2)」で重賞3勝目、初めて右回りでの勝利となる。
・その後は勝てないレースが続くが「ジャパンカップ(G1)」に日本総大将のポジションで出走するも、レース前に鼻出血で競走除外になる。
・年末の「有馬記念(G1)」は顔面に蕁麻疹が出て出走取り消し、翌年には連覇のかかる「AJCC(G2)」を予定していたものの、フレグモーネのために回避して放牧に出される。
・7月の「高松宮杯(G2)」から始動して勝利し重賞4勝目、その後は勝てない競馬が続き年内に引退。

小ネタ

・馬名の由来は「冠名+ワーグナーの歌劇『タンホイザー』」だが、日本では競走馬の登録名は「1字又は10字以上の馬名」は登録できないことから、「ー」が省略されて「マチカネタンホイザ」なった。
・さらにアルファベットによる表記も本来は「Machikane Tannhauser」だが「空白部分・記号も含めて18文字」とされていたため、冠名を「Matikane」として、さらに空白部分を埋めて「MatikaneTannhauser」となった。
・有馬記念の出走取り消しの際の蕁麻疹は、厩舎社会で古くから「クモでも食べたときに出る」と言われる「クモ疹」というものだったので「クモでも食ったんちゃうか」と言ったことから「タンホイザ、クモ食べて取消」と言われるようになった。
・種牡馬引退後、小須田牧場繋養時にマチカネフクキタルがいたずらを仕掛けてきても食事の時以外は相手にせずのんびり過ごしていた。

代表レース

1992年 菊花賞

ライスシャワーがミホノブルボンの三冠を阻止したレース。
当時の菊花賞レコードで3着の惜敗。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は、アニメ「ウマ娘プリティーダービー」に登場するチームカノープスのメンバーを紹介しました。

キャラクターたちの可愛さももちろんですが、名馬たちへの造詣の深さと、それをアニメに落とし込んでエンタメに昇華させた「ウマ娘 プリティーダービー」からは、今後も目が離せません。

アニメ「ウマ娘 プリティーダービー」は2022年3月8日現在では7つのサービスで配信されています。
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最後までご覧いただきありがとうございました。
今後もみなさんのお役に立てる情報を発信していきます。

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